俺による俺自身のためのまとめサイトかもしれん。ゆるせ。
今体調が悪くなっているのは、
普段無理していたからではなかろうかとも思えるのですよ。
気を抜いたとき、いや、気を抜くことができるときくらい
休んでもバチはあたらんだろう・・。
▼休みに休んで何が悪いのか
そりゃあ元気なら元気なりに活動して下さって構いません
ですが誰もかれも同じように動ける人間だと思うのは間違ってる。
だらだらすることにも飽き、苛々してきても
エネルギーの不足した状態で無理には働けない。
こっちにもこっちの都合があるってことです。
ので、俺ぁ自分の休暇を邪魔されたくない。
他人にも、自分の「働かなきゃいけない」みたいな脅迫観念にも過度に影響されたくない。
あ、でもお花見とかは行きたいや。
寒い日が過ぎれば外に出たい。
最近気温の低さに恐怖を感じる。本当に死ぬんじゃないか。
段々朝起きれなくなって、そんで最期には目を覚まさなくなるんじゃないだろうか。
キスしても起きなくなるんじゃないだろうか。
はあ。こわい。
▼「自分にできること」を「誰にでもできること」って思っちゃいけない
できる人もできない人もいる。
仕事でも、コミュニケーションでも、勉強でもなんでもそうです。
勝手に主観で「これくらいはできるだろう」って思ってることを押し付けるのはよくない。
相手に応じて適切な仕事を回す。適切な相手を引き合わせてやる。適切な言葉を選ぶ。
どうしても気が済まないなら、自分の仕事は妥協しなければいいでしょう。
他人には最低限しなきゃ駄目なことを求めればいい。
あとはやる気を引き出してあげられたらもっといい。
▼過去のことを話す日は
自分が弱っている時に限って、自分の過去を話したがるのだとわかった。
なんとなく今日の自分は昨日の自分を肯定したがる。それよりもずっと昨日のことも肯定したがる。
いや、否定でもいいのかもしれない。
整理をしたがっている。
単純に考えて、因果関係っていうわかりやすいフローにまとめて
それでその流れの中で細細とあった面倒や迷惑や苛々やそういったものを
からめとって捨てようとしている。
そうしないと排水溝が詰まってしまって、水に流すことができなくなるから
あとやっぱりこういうのが辛かったんだよとかも言いたいんだと思う。
こんな風に苦労した時もあったんだってことを聞いてもらって
それでも生きてきた俺はエライ
そういうカタルシス
そんな大層なもんじゃなくてただの排泄
俺には外界からの影響よりも沸き起こるもののほうが多すぎた
それなのにアウトプットができない
誰かに何かを伝える術を何に求めようかと思ううちに
またドアを叩く音がして
出入りの激しいここでは落ち着いてものも考えられない
ひきこもりたい衝動は物理的なものじゃないんだよ。
手段として物理的なものも含むけれど、これは精神的なひきこもりでもあって
三角座りして物思いにふけりたい時もある
いっつも誰かと居なきゃ駄目なのはつらい
外の世界がうるさいから、自分の心臓の音が聞こえなくなるんだよ。
だから生きてるのか生きてないのかよくわからなくなったときには、ひきこもりたいし
自分の内から出てくる声を聴いてやりたい。
PR
この記事にコメントする
ブログ内検索
カレンダー